免許返納の割合は、年齢層によって大きく異なります。警察庁の統計によると、2023年の運転免許証の自主返納者数は38万件で、4年連続で減少しています。このうち75歳以上の高齢ドライバーが返納したケースは、全体の約68%を占める26万1569件でした。
年齢別の傾向を見ると、70代が45.2%、80代が42.4%と、70代と80代で全体の約9割を占めています。これは、加齢に伴う身体機能や認知機能の低下を自覚し、安全運転に不安を感じる高齢者が多いことを示しています。
一方で、65歳から69歳の年齢層では返納率が比較的低く、まだ活動的で運転に自信がある人が多いことがうかがえます。
免許返納率には、地域によって大きな差があります。都市部では公共交通機関が充実しているため、返納率が高い傾向にあります。一方、地方では自家用車が生活の足として不可欠なため、返納率が低くなっています。
例えば、2023年の調査では、四国地方で「返納後に不便を感じる」と回答した割合が45.5%と最も高く、北陸・甲信越地方(40.0%)、九州地方(36.8%)が続きました。これらの地域では、公共交通機関の整備状況が返納率に大きく影響していると考えられます。
高齢ドライバーの免許返納は、交通事故リスクの低減につながります。75歳以上の運転者による交通事故件数は、近年減少傾向にあるものの、依然として高い水準にあります。
警察庁の統計によると、75歳以上の運転者が第一当事者となる交通事故の発生件数は、2019年には約4万6000件でしたが、2023年には約3万2000件まで減少しています。しかし、高齢運転者の人口当たりの事故率は、他の年齢層と比べて依然として高い状況です。
免許返納の割合が増加することで、高齢者の交通事故リスクが低減されることが期待されます。一方で、返納後の生活の質の維持も重要な課題となっています。
免許返納は、高齢者の生活に大きな影響を与えます。2023年の調査では、返納後の生活について「不便だと感じる」と回答した割合が全体の28.3%でした。一方で、「支障はなく快適だ」「多少の支障はあるものの困っていない」と回答した割合の合計が71.7%と、多くの人が返納後の生活に適応していることがわかります。
返納後の主な移動手段としては、以下のようなものが挙げられます:
これらの数字から、家族のサポートや公共交通機関の利用が返納後の生活を支える重要な要素となっていることがわかります。
2022年5月から導入されたサポカー限定免許制度は、高齢ドライバーの免許返納率に新たな影響を与える可能性があります。この制度は、運転支援機能付きの車両(サポカー)に限定して運転を認める免許で、高齢ドライバーの安全運転を支援することを目的としています。
サポカー限定免許への切り替えは、現時点では限定的ですが、今後普及が進むことで、完全な免許返納ではなく、より安全な運転環境を選択する高齢ドライバーが増える可能性があります。これにより、従来の免許返納率の推移に変化が生じる可能性があります。
高齢ドライバーが免許を返納しない主な理由の一つに、自身の運転能力に対する過大評価があります。2019年のNEXCO東日本の調査によると、76.0%の高齢男性ドライバーが「自分の運転に自信あり」と回答しています。
この自己評価と実際の運転能力にはしばしばギャップがあり、これが返納を躊躇させる要因となっています。実際、加齢に伴う身体機能や認知機能の低下は避けられず、反射神経や判断力の衰えは運転に影響を与えます。
家族や周囲の人々は、このギャップを認識し、高齢ドライバーに客観的な視点を提供することが重要です。例えば、運転時の様子を一緒に振り返ったり、運転適性検査を受けることを提案したりするなど、現実的な自己評価を促す取り組みが必要です。
多くの高齢ドライバーが免許返納を躊躇する理由として、生活の利便性の低下があります。特に公共交通機関が十分に整備されていない地方では、自家用車が日常生活に不可欠な移動手段となっています。
2005年の警察庁の調査では、免許を返納しない理由の上位に以下のようなものが挙げられています:
これらの理由は、現在でも大きく変わっていないと考えられます。特に、「買い物や通院に不便」という理由は、高齢者の生活の質に直結する問題です。
自治体や地域コミュニティは、高齢者の移動手段を確保するための取り組みを強化する必要があります。例えば、コミュニティバスの運行、乗合タクシーの導入、買い物支援サービスの充実などが考えられます。これらの取り組みにより、免許返納後も快適な生活を送れるという安心感を提供することが、返納率の向上につながる可能性があります。
免許返納を躊躇する理由には、単なる利便性の問題だけでなく、心理的な抵抗も大きな要因となっています。多くの高齢ドライバーにとって、運転免許証は単なる移動手段の確保以上の意味を持っています。
心理的抵抗の主な要因には以下のようなものがあります:
これらの心理的要因に配慮しながら、免許返納を検討することが重要です。家族や地域社会は、高齢者の心理的ニーズにも応える支援を考える必要があります。例えば、返納後も社会参加の機会を確保したり、新たな趣味や活動を提案したりするなど、生活の質を維持・向上させる取り組みが求められます。
高齢ドライバーの免許返納を考える上で、家族の役割は非常に重要です。家族は、高齢者の運転の様子を日常的に観察できる立場にあり、安全面での懸念や返納の必要性を最も早く認識できる可能性があります。
家族が取るべきアプローチには、以下のようなものがあります:
家族の適切なサポートと理解が、高齢ドライバーの円滑な免許返納につながる可能性が高くなります。
免許返納を促進するためには、社会的な支援制度の充実が不可欠です。多くの自治体では、免許返納者に対して様々な支援策を実施していますが、その内容や充実度には地域差があります。
主な支援制度には以下のようなものがあります:
これらの支援制度は、高齢者の生活の質を維持しながら、安全な交通社会を実現するための重要な取り組みです。しかし、2023年の調査では、支援制度の周知が十分でないことも明らかになっています。
支援制度を知っているかという質問に対し、「知っている」と答えた割合は運転継続者で49.4%、自主返納者で43.8%にとどまっています。また、支援制度の周知が十分かという問いに対しては、「不十分だと思う」と答えた割合が運転継続者で43.8%、自主返納者で32.9%となっています。
これらの数字は、支援制度の存在自体が十分に周知されていないことを示しています。自治体や警察、地域コミュニティは、支援制度の内容を充実させるだけでなく、その周知にも力を入れる必要があります。例えば、高齢者講習の際に支援制度の詳細な情報を提供したり、地域の回覧板やSNSを活用して情報を発信したりするなど、多角的なアプローチが求められます。
支援制度の充実と周知が進めば、高齢ドライバーが安心して免許を返納できる環境が整い、結果として返納率の向上につながる可能性があります。同時に、返納後の生活の質を維持・向上させることで、高齢者の社会参加を促進し、健康寿命の延伸にも寄与することが期待されます